コラム「人は尊厳を踏みにじられた時は、立ち上がって闘わなければならない」

 先日、たまたま新宿駅の西口に行く用事があり、何年かぶりに駅構内を歩きました。そういえばこの辺りをよく歩いたなと、ふいに懐かしさが込み上げてきました。2006年ごろから2008年ごろにかけて、仕事が終わった後、また土日の昼間に、新宿界隈に頻繁に通っていた時期があります。職場がちょうど東京から千葉に移る頃でした。

 働き出して10年ほど、30代も半ばになり、仕事に少し余裕が出た頃、ふと「人生は短いのだから、やりたいことをやらなければ」と、友人を誘って勉強会などを立ち上げました。折悪しくアメリカがイラク戦争を始め、日本でも自衛隊のイラク派兵の問題などから、大規模な反戦デモが行われるようになり、友人らと誘い合って参加するようになりました。


 そこで知り合った人たちと、さまざまな運動に関わるようになり、ある事件をきっかけとして、私は個人で加盟できる地域労組「フリーター全般労働組合」に加入します。当時のフリーターと呼ばれる非正規労働者の働かせられ方があまりにも酷いものに思われ、それを放置することは、自分の足元が掘り崩されることのように思われました。その労組の事務所が西新宿にありました。労働組合とは言っても、日本での労組の主流である企業内労働組合とは全く異なり、職場に組合が無く、理不尽な扱いを受けても誰も守ってくれない、パート・アルバイト・派遣などの労働組合です。ただ、労働者が1人でも地域労組に加入すれば、労組が会社と団体交渉できるという日本の労働組合法の大きな利点を生かし、どこにも相談できない人たちの労働相談をボランティアで行っていました。そこで見たものは、およそ労働基準法など関係ない、無法地帯ともいえる中小零細企業の実情でした。アルバイトには労働基準法は及ばないと言い切る経営者もいました。相談の多くは、あからさまな不当解雇や残業代の未払いという、法律的には完全にアウトな内容でしたが、労働者が異議を唱えなければ、何でもできてしまうのです。私たちは、3万、5万という残業代を取り戻そうと、また、アルバイトだからと馬鹿にされ、ひどい中傷をされて辞めさせられた人が会社にひとこと言いたいと、団体交渉の申し入れを行いました。無視しようとする会社には、会社の玄関前や社長の家の前で、大音量で抗議行動も行いました。交渉では弁護士と怒鳴り合いもしましたし、裁判で勝訴しても未払い賃金を払わなかった社長を引っ張り出し、団体交渉のたびに社長の財布から持ち金を支払わせ、ついには完済させたこともあります。


 そうやって活動する中で学んだことは、人は尊厳を踏みにじられた時は、立ち上がって闘わなければならないこと、そして闘えば得られるものがあるということです。ただ、もう一方で、フリーターなど非正規労働者は、数か月から1年以上に渡って会社との交渉や闘争を続けられるだけの精神的・金銭的余裕が無く、組合に入って闘える人は全体の一部に過ぎないのも事実です。私たちは、必要に応じて生活保護の申請同行も頻繁に行っていましたし、いつしか、労働相談だけにとどまらないさまざまな生活相談を受けるようになっていきました。


 フリーターなど非正規労働者は仕事を失うとすぐに住まいも失うという現実があります。特に東京近郊は家賃が高く、収入の約半分が家賃に取られてしまうため、働けど暮らしは楽になりません。そこで、組合員にアンケートを取り、フリーターでも住める安価なアパートを作ろうというプロジェクトを仲間と立ち上げることになりました。ツテをたどって物件を探し、四谷三丁目駅のすぐ近くに空いているアパート2棟を借り受け、自分たちでリフォームして安く貸せるようにする「自由と生存の家」プロジェクトを立ち上げたのが2008年です。後に、労働組合の活動そのものは、私自身の仕事が忙しくなり離れましたが、家のプロジェクトは組合からは独立して一般社団法人を立ち上げ、現在も16室の賃貸住宅として運営を続けています。

 

 その後、10年近く経ち、生活困窮者の相談支援を自分が仕事として行うことになるとは夢にも思いませんでしたが、今から思えば、あの頃の経験が自分の原点であることは間違いありません。縁あってひと・くらしサポートネットちばの運営委員として活動に参加させていただいて本当に学ぶところが多いです。今後ともよろしくお願いいたします。

■執筆者:菊地謙(ワーカーズコープちば 専務理事)

 

大学時代は体育会サイクリング部で全国をツーリングしてまわる。大学4年時に休学してタイのスラムへ。大学卒業後、自ら出資し地域に必要な仕事を協同組合方式で運営するワーカーズコープの全国組織に入職。同組織の研究所を経て2007年7月よりワーカーズコープちば専務理事。2011年4月、千葉市に「サポートセンター・オアシス」を立ち上げ。2012年5月にフードバンクちばを設立し代表に。2013年12月より千葉市生活自立・仕事相談センター稲毛 主任相談員。
その他、日本労働者協同組合連合会理事、NPO法人くらしえん・しごとえん理事、NPO法人日本ファイバーリサイクル連帯協議会理事、一般社団法人自由と生存の家理事、一般社団法人ひと・くらしサポートネットちば運営委員、千葉県生活困窮者自立支援実務者ネットワーク運営委員。

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